Pendle PT/YT 分離|「元本と利息を別々に売る」金融設計
約14分で読めます
約14分
目次(タップで折りたたみ)
本記事は技術解説であり、投資・税務・法務助言ではありません。判断は専門家にご相談ください。
「自社顧客向けに『暗号資産を預けると年率6%固定で増える』商品を作りたい」——この実装の代表的な裏側が Pendle PT/YT 分離。本記事は事業者目線で、これを「伝統金融のゼロクーポン債と同じ仕組み」として整理する。
目次
- なぜ事業者がこれを理解する必要があるのか
- Pendle PT/YT 分離の仕組み — ゼロクーポン債との対応
- 機関 RWA Vault(BUIDL、OUSG)との接続
- 自社固定利回り商品のバックエンドとして使う
- PT/YT 価格の読み方と不確実性
- 開発期間とコスト、日本の規制論点
- まとめ
1. なぜ事業者がこれを理解する必要があるのか
機関顧客・富裕層向けに「価格安定 + 固定利回り」のプロダクトを設計する場面が増えている。Pendle はその裏側として2024-2026年に主要採用される設計(TVL 推移は DefiLlama 、Pendle 公式 Docs を参照)。
2. Pendle PT/YT 分離の仕組み — ゼロクーポン債との対応
基本概念
利回りがつく資産(stETH、aUSDC、BUIDL 等)を Pendle に預けると、2つに分離される:
- PT(Principal Token = 元本トークン): 一定期日後に、元の資産を1枚もらえる権利
- YT(Yield Token = 利息トークン): その期間中に発生する利回りを受け取る権利
伝統金融との対応
| Pendle | 伝統金融 |
|---|---|
| 利回りつき資産 | 利付債 |
| PT | ゼロクーポン債(元本部分) |
| YT | クーポン部分の権利 |
| PT を満期保有 | 額面で償還 |
| PT を割引で買う | ゼロクーポン債を割引価格で買う |
具体例
1 stETH(ETH ステーキング預け証)を1年期間の Pendle に預ける:
- 1 PT-stETH(1年後に 1 stETH に償還される権利)
- 1 YT-stETH(1年間の stETH ステーキング報酬を受け取る権利)
PT を市場で買う場合:
- 1 PT-stETH の市場価格: 0.96 stETH(割引価格)
- 1年後に 1 stETH に償還
- 実効利回り: (1 - 0.96) / 0.96 = 約4.2%(固定)
これが「Pendle PT で固定利回り商品を作る」仕組み。
3. 機関 RWA Vault(BUIDL、OUSG)との接続
ここが本記事で最も重要なパートだ。Pendle が2024-2026年に DeFi 最大の利回りデリバティブ市場へ成長した最大の理由は、ステーキング系資産だけでなく RWA(Real World Asset、トークン化された米国債など)との接続にある。事業オーナーが「次の重要トレンド」として押さえるべきは、まさにこの RWA × Pendle の構造だ。
3.1 なぜ「RWA を Pendle に載せる」ことが事業インパクトを持つのか
Pendle は利回り資産を PT(元本) と YT(利息) に分離する(2章参照)。ここに「トークン化された米国債」のような RWA を載せると、何が起きるか。
- 機関は「固定利回り」を設計できる: トークン化米国債の利回りは短期金利に連動して変動する。これを Pendle に載せて PT を満期保有すれば、満期までの固定利回りが確定する。変動金利の RWA を、機関商品に向く「確定利回りプロダクト」へ作り替えられる。
- 機関は「利回り投機」を設計できる: YT を買えば、対象資産の利回りが将来どう動くかに対するポジションが取れる。金利見通しに対するレバレッジ的なエクスポージャーを、貸借せずに作れる。
- つまり Pendle は RWA の「金利スワップ/ゼロクーポン化」レイヤーになる: 伝統金融で言えば、利付債を「割引債(元本)」と「金利ストリップ」に分解するストリッピングと同じ機能を、トークン化資産に対してオンチェーンで提供する。これが事業的インパクトの核心だ。
3.2 BlackRock BUIDL — トークン化米国債ファンドの旗艦
BUIDL(BlackRock USD Institutional Digital Liquidity Fund) は、世界最大の資産運用会社 BlackRock が手がけるトークン化米国債ファンドで、RWA トレンドの象徴的存在。
- 2024年3月、Ethereum 上でローンチ。BlackRock として初のパブリックブロックチェーン上のトークン化ファンド。トークン化・コンプライアンス・移転代理は Securitize が担う。
- AUM は 2025年3月に10億ドルを突破し、2025年後半には25億ドル規模へ拡大(〜2025年11月時点。RWA.xyz 等を参照)。ローンチ以降の累計分配は1億ドル規模に達したと報じられている。
- 当初の Ethereum に加え、複数チェーンへ展開。2025年後半には BNB Chain への拡張や、Binance での取引担保としての採用も発表された。
- DeFi 側との接続が進み、Ondo の OUSG が裏付けに BUIDL を採用するなど、「RWA の準備預金」的な基盤資産として使われ始めている。
事業者視点での含意: BUIDL は「機関が安心して持てるトークン化米国債」のデファクト候補で、その利回りを Pendle で固定化/分離できれば、機関向け固定利回り商品の素材が一気に整う。
出典: Securitize 公式 BUIDL ページ、RWA.xyz、BUIDL が10億ドル突破(PR Newswire) 等。
3.3 Ondo Finance OUSG / USDY — Pendle と実際に接続済みの RWA
RWA × Pendle を「すでに動いている事例」として語れるのが Ondo Finance だ。
- OUSG(Ondo Short-Term US Government Bond Fund): 短期米国債に投資するトークン化ファンド。裏付けの一部に前述の BUIDL を採用。TVL は 2025年後半時点で11億ドル規模に達したとされる(RWA.xyz 参照)。
- USDY(Ondo US Dollar Yield): 短期米国債と銀行預金を裏付けにした利回り付きトークン。Ethereum に加え2025年に Solana へ展開。
- Pendle との接続: Ondo は Pendle と提携し、PT-USDY が Pendle 上に上場。ユーザーは USDY の元本(PT)と利回り(YT)を分離して、固定利回りエクスポージャーや利回り投機を組める。つまり「トークン化米国債を Pendle でストリッピングする」という本記事の中心テーマが、Ondo × Pendle ですでに現実になっている。
出典: Ondo 公式 OUSG、Ondo 公式 USDY、RWA.xyz OUSG。
3.4 Pendle の TVL 構成 — RWA・合成ドルが主役に
Pendle 上で「何が主要 TVL を占めているか」は、この数年で大きく変化した。
- 2024年: TVL の6割超が ETH 系の LST/LRT(stETH、weETH 等)。EigenLayer 再ステーキングのポイント獲得需要が牽引した。
- 2025年: 構成が ステーブルコイン/合成ドル系へシフト。特に Ethena の sUSDe/USDe プールが突出し、一時 TVL の半分〜3分の2規模(時期により60〜75%との分析もある)を占めたとされる。
- 2025〜2026年: ここに RWA 系プール(USDY、USYC など短期国債・トークン化 MMF 由来)が加わり、Pendle の TVL は ピークで130億ドル超に達したと報じられる(DefiLlama 参照。数値は時点により変動)。
事業者にとっての読み筋: Pendle は「ETH ステーキングの利回り市場」から「合成ドル+トークン化米国債の固定利回り市場」へ重心を移している。RWA × 固定利回りの需要が、Pendle の成長そのものを牽引している。
出典: DefiLlama Pendle、各種市場分析。
3.5 主要な接続(サマリ)
- BUIDL(BlackRock 米国短期国債)→ Ondo 等の RWA → Pendle: 米国債利回りを固定化/分離
- USDY(Ondo トークン化米国債)→ Pendle: PT-USDY として上場済み
- sUSDe(Ethena 合成ドル)→ Pendle: delta-neutral 利回りを固定化(2025年の主力プール)
- stETH/weETH(ステーキング・再ステーキング)→ Pendle: ETH 利回りを固定化(2024年の主力)
機関顧客にとって「変動する利回り」よりも「固定の利回り」の方が商品設計しやすい。Pendle がその橋渡しになっている。
3.6 国内主要プレイヤーの動き — 日本の RWA トークン化と「固定利回り設計」
ここまでは米国発の事例だが、日本でも RWA トークン化(ST: セキュリティトークン)が急速に立ち上がっており、事業オーナーが押さえるべき国内プレイヤーが揃ってきた。
- Progmat(三菱UFJ信託銀行発): 国内 ST 市場で取扱規模・案件数・参加企業数 No.1 を標榜するデジタル資産基盤。SBI証券・野村證券など多数の金融機関が参加。
- 三菱UFJ系 × Progmat の「トークン化投資信託(MMF)」: 2025年12月、三菱UFJ系の運用・証券・信託各社が Progmat と組み、機関投資家向けの円建てトークン化 MMF(マネー・マーケット・ファンド)を2026年に提供する構想を発表。これは「日本版のトークン化短期金融商品」であり、米国の BUIDL/OUSG に対応する位置づけになり得る。
- 不動産 ST の大型化: 2025年9月、KJR マネジメント・三菱UFJ信託・Progmat が、港区の汐留シティセンター(超高層オフィスビル)を裏付けに 約314億円という国内最大規模の不動産 ST 発行を完了。
- BOOSTRY(野村系): 野村ホールディングス系の ST 基盤で、Progmat と並ぶ国内主要プラットフォーム。
- Securitize(Securitize Japan を含む): 前述 BUIDL のトークン化を担う米 Securitize は日本でも展開し、国内 ST 市場の主要プレイヤーの一角。
日本の事業者が「Pendle 的な固定利回り設計」をどう使えるか: 国内 ST/トークン化 MMF は「変動利回りの裏付け資産」である点は RWA と同じだ。将来、円建てトークン化 MMF のような利回り資産が整えば、PT/YT 分離の発想(元本と利息を分けて固定利回り商品を組む)は、国内機関向け商品の設計テンプレートとして応用できる。今の段階では規制・流通環境の制約が大きいが、「米国で BUIDL/OUSG × Pendle が示した型を、国内 ST 基盤の上でどう再現するか」は中長期の重要論点になる。
出典: Progmat 公式、三菱UFJ信託銀行リリース、各社プレスリリース。
3.7 Why now — なぜ2024-2026年に RWA × DeFi の利回り設計が加速したか
最後に、事業オーナーが「なぜ今これが重要トレンドなのか」を一言で持ち帰れるように、加速の背景を3点に整理する。
- 機関の本格流入: BlackRock(BUIDL)をはじめ、大手運用会社・銀行・ソブリンウェルスファンドがトークン化資産に参入。トークン化米国債の市場規模は2025年に大きく拡大し(2025年11月時点で約90億ドル)、RWA 全体(ステーブルコイン除く)もオンチェーンで2025年末に約186億ドル、2026年初頭には240億ドル超へ成長したと報じられる(RWA.xyz 参照。数値は時点により変動)。
- 金利環境: 高めの米ドル金利が続いたことで、「米国債利回りそのもの」がオンチェーンの魅力的な利回り源になった。利回りがほぼゼロだった局面では成立しにくかった「トークン化国債を固定利回り商品に組む」というニーズが、金利上昇で初めて事業として立ち上がった。
- 規制整備とインフラ成熟: トークン化証券に対する法的枠組みの明確化(米国・日本ともに)、24/7 決済・コスト削減といった構造的メリット、そして Pendle や ERC-4626 のような「利回りを扱う標準インフラ」の成熟が重なった。
つまり 「機関流入 × 高金利 × 規制・インフラ成熟」の3つが同時に揃ったのが2024-2026年であり、これが RWA × Pendle(固定利回り設計)を「次の重要トレンド」に押し上げている。
出典: RWA.xyz、DefiLlama Pendle。
4. 自社固定利回り商品のバックエンドとして使う
想定シナリオ
「自社の機関顧客が USDC を1年預けると年率6%固定で増える商品」を組むとする。
- ユーザーから USDC を預かる(自社の Vault 経由)
- USDC を Aave に貸して aUSDC(利息つきトークン)を受け取る
- aUSDC を Pendle に預けて、PT-aUSDC(固定利回り)を取得
- 顧客には「年率6%固定」と約束、PT の満期で精算
- 差額が自社の利益(スプレッド)
設計上の留意点
- Pendle の満期と顧客契約期間の整合: 1年商品なら1年満期 PT を使う
- PT 市場価格の変動: 中途解約時の損益
- Pendle 自体のセキュリティリスク: 監査済みプロトコルだが、機関向けには相対重要
5. PT/YT 価格の読み方と不確実性
PT 価格の意味
PT 価格は「期間中に期待される実効利回り」を反映する。
- 高い実効利回りが期待される → PT は割引が大きい(安く買える)
- 低い実効利回り → PT は割引が小さい(高い)
YT 価格の意味
YT 価格は「期間中の予想利回りの現在価値」を反映する。期間中に利回りが想定より高ければ YT 保有者の利益、低ければ損失。
不確実性
Pendle PT は「満期で確定利回り」だが、満期前に売却するなら、市場での PT 価格変動のリスクを取る。事業者は商品設計で「中途解約禁止」「中途解約手数料」を組み込む。
6. 開発期間とコスト、日本の規制論点
自社固定利回り商品のコスト目安
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| Vault コア実装(ERC-4626 互換) | 2-3人月 |
| Pendle 接続(PT 取得・保有・満期処理) | 1-2人月 |
| フロントエンド | 1-2人月 |
| 監査 | $25K-80K(注) |
注: 監査費用は規模・コード新規性・監査ファーム(簡易な個別契約か、複数社/トップティアか)で大きく変動する。本シナリオのように既存標準(ERC-4626)+外部プロトコル接続が中心の Vault 的構成は下限寄り、独自ロジックが多い・新規性が高い・複数社を起用する場合は上限寄りになる。
日本の規制論点
| 領域 | 関連法 | 主な論点 |
|---|---|---|
| 顧客に固定利回り商品提供 | 金商法 | 投資勧誘・適合性原則 |
| 「固定利回り」表現の使用 | 出資法・特商法 | 確実性を装う表現の規制 |
| Pendle 等への預入 | 改正資金決済法 | 暗号資産取扱範囲 |
「固定利回り」を商品名に使う際は、金商法・特商法の論点があるためコンプラ部門に必ず確認。
過去のインシデントから学ぶ設計教訓 — Penpie 攻撃 (2024年9月3日)
Pendle 関連で押さえておくべき事例が Penpie 攻撃。Penpie は Pendle 上で収益最大化を行うサードパーティ製の収益アグリゲータプロトコルで、2024年9月3日に Pendle Market を悪用した攻撃を受け、約 2,700万 USD 相当の資産が流出した。Pendle 本体のコントラクトは無事だったが、「Pendle Market を呼び出す側」の Penpie に脆弱性があり、Pendle の正当な機能が攻撃の経路として使われた格好。
事業者にとっての含意:
- Pendle 自体は無事でも、Pendle 上に乗るアグリゲータ/Vault のリスクは独立に評価する必要: 「採用先プロトコル」と「採用先プロトコルが内部で使うプロトコル」の両方を監査履歴・運用実績で評価
- 自社で Pendle PT を組み込む Vault を作る場合、Pendle との接続コードが攻撃面になる: deposit/withdraw 経路、報酬精算、satellite reward の処理を重点的にレビュー
- エコシステム横断リスク: 単一プロトコルの監査が完了していても、組み合わせた瞬間に新しい攻撃面が生まれる
出典: Pendle 公式 post-mortem、Rekt News - Penpie 等で詳細参照。
7. まとめ
3つの要点:
- Pendle PT/YT = 利回り資産を「元本部分」と「利息部分」に分離
- 機関 RWA との接続で2024-2026年に急成長
- 自社固定利回り商品のバックエンドとして活用可能
詳しくは ERC-4626 Vault標準 と DeFi完全マップ 2026 を参照。
関連記事
Pendle PT を自社固定利回り商品に組み込む文脈で、基盤資産・接続規格・周辺事業の理解を広げる記事を選びました。
- ERC-4626 Vault 標準 — Pendle PT を組み込む Vault 規格。本記事 4章のシナリオを動かす基盤
- Yearn v3 Strategy アーキテクチャ — Pendle PT を Strategy として組み込む内部運用設計
- Ethena USDe — 本記事 3章で言及した sUSDe(Pendle PT-sUSDe の基盤資産)の delta-neutral 設計
- Morpho Blue — Pendle PT を担保にした Morpho マーケットが急成長。Pendle 採用の機関側
- RWAトークン化とは? — 本記事 3章「BUIDL → Pendle」で接続される BUIDL/OUSG/Securitize の文脈
XTELA の固定利回り商品設計支援知見
本セクションは XTELA のサービス紹介です。本文中立の技術解説とは分離して掲載しています。
XTELA は2015年以降、50案件以上のブロックチェーン開発支援を行ってきました。固定利回り関連について、以下のような支援が可能です:
- 自社固定利回り商品のバックエンド設計: Pendle PT 統合、満期管理、中途解約対応
- 機関 RWA との接続: BUIDL / OUSG を基盤資産にした商品設計
- 論点の事業設計への落とし込み(法務助言は別途専門家へ): 金商法・特商法まわりの論点を踏まえた「固定利回り」表現や商品スキームの事前検討支援
「自社で固定利回り商品を組むなら、Pendle 接続 vs 内製のどちらが妥当か」の意思決定段階から、実装・監査・運用まで並走支援しています。
本記事は XTELA JAPAN 株式会社が作成しました。 固定利回り商品開発のご相談は無料技術相談からお問い合わせください。