Naoris Protocolとは?量子コンピュータからブロックチェーンを守るポスト量子暗号L1
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Naoris Protocolは、量子コンピュータ時代のブロックチェーンセキュリティを再定義するポスト量子暗号ネイティブのLayer 1ブロックチェーンだ。
はじめに — 「Q-Day」は近づいている
「Q-Day」——量子コンピュータが現行の暗号技術を突破する日。かつてSF小説の中の出来事だったこの脅威が、いま急速に現実味を帯びている。
2026年3月31日、Google Quantum AIは「50万量子ビット未満の物理量子ビットでBitcoinの楕円曲線暗号を解読しうる」との推定を発表した(Google Quantum AI ほか、2026年3月30日付の論文)。これは従来予測の約20分の1に相当する見直しで、暗号資産業界に衝撃が走った。論文は、暗号資産のコミュニティに PQC への移行を「遅滞なく」始めるよう促している。なおGoogleが掲げた2029年という年は同社自身のインフラをポスト量子暗号(PQC)へ移す目標であり、業界全体の期限として定められたものではない。
問題は「量子コンピュータが暗号を破れるかどうか」ではない。「いつ破れるようになるか」だ。その時期を断定することはできないが、必要な資源の見積もりは下がり続けており、備えを始める時期は多くの専門家が考えていたより早いかもしれない。
こうした状況下で、2026年4月1日にメインネットを正式ローンチしたのがNaoris Protocolだ。ポスト量子暗号ネイティブなLayer 1ブロックチェーンとして、Q-Day後の世界を見据えた設計がなされている。本記事では、Naoris Protocolの技術と意義を深掘りし、ブロックチェーン業界全体が直面する量子脅威への対応を考察する。
目次
1. 量子コンピュータがブロックチェーンに与える脅威
ECDSAという共通の弱点
BitcoinもEthereumも、トランザクションの署名にECDSA(楕円曲線デジタル署名アルゴリズム)を使用している。ECDSAは現在の古典的コンピュータでは解読が極めて困難だが、量子コンピュータの「Shorのアルゴリズム」を使えば、公開鍵から秘密鍵を多項式時間で逆算できてしまう。
これは単なる理論上のリスクではない。ブロックチェーンには特有の問題がある——永続性だ。ブロックチェーンの署名はもともと公開されており「後で解読する」対象ではないが、署名や過去の取引から公開鍵がさらされたアドレス(同じアドレスの再利用、送金済みのアドレスなど)は、将来の量子コンピュータで公開鍵から秘密鍵を導かれ、資産を動かされるおそれがある。
Google Quantum AI の論文は、量子攻撃を、送金中の取引を狙う「on-spend」攻撃と、長く公開されたままの公開鍵(再利用されたアドレスや長く動いていないウォレットなど)を狙う「at-rest」攻撃に分けて整理している。公開鍵はすでにチェーン上に残っているため、量子コンピュータが実用化した時点で、それらのアドレスの資産が狙われうる。いつ解読可能になるかは断定できないが、ブロックチェーンの永続性が、そのまま攻撃面になっている。なお暗号化された通信などを今のうちに集めて後で解読する「Harvest Now, Decrypt Later」は、主に機密データの暗号化に対する脅威を指す言葉だ。
アップグレードの難しさ
「ならば既存のブロックチェーンを耐量子暗号にアップグレードすればいい」と思うかもしれない。しかし、これは言うほど簡単ではない。Bitcoinの暗号方式を変更するにはネットワーク全体のコンセンサスを必要とするハードフォークが避けられず、数百万のウォレットが新しい鍵ペアに移行する必要がある。Ethereumも同様の課題を抱えている。
既存チェーンの暗号アップグレードは、走っている電車のエンジンを交換するようなものだ。技術的には不可能ではないが、合意形成、後方互換性、移行期間中のセキュリティ確保など、多層的な課題が立ちはだかる。
筆者の見解としては、現実的な選択肢は「既存チェーンの全面アップグレード」ではなく、「新規プロジェクトからポスト量子暗号をデフォルトで採用する」または「既存インフラに耐量子セキュリティレイヤーを後付けで統合する」の2方向に収斂していくと考えている。 Naoris ProtocolのSub-Zero Layerというアプローチが業界で注目されているのは、後者のニーズに直接応える設計だからだ。
2. Naoris Protocolとは
創業の背景
Naoris Protocolは、David Carvalho(CEO兼チーフサイエンティスト)、Monica Oravcova、Fernando Martinhoの3名によって設立された。Carvalho氏はサイバーセキュリティ分野で20年以上の経験を持ち、London City Airport、AT&T、EA Games、Nokia-SiemensなどでグローバルCISO(最高情報セキュリティ責任者)を歴任。NATO加盟国のサイバー戦争・サイバーテロ対策のアドバイザーも務めた人物だ。
プロジェクトの着想は2017年に遡る。Carvalho氏は、元NATO情報委員会委員長のKjell Grandhagen氏との会合で、ブロックチェーンとスマートコントラクトをサイバーセキュリティの信頼構築に活用するというビジョンを得た。ここから、単なる暗号資産プラットフォームではなく、デジタルインフラ全体のセキュリティレイヤーとしてのブロックチェーンの構築が始まった。
規制当局からの注目
2025年9月、米国証券取引委員会(SEC)の暗号資産タスクフォースに提出された政策提言文書「PQFIF(Post-Quantum Financial Infrastructure Framework)」において、Naoris Protocolはリファレンスモデルとして引用された。SEC自身が承認したものではなく、外部からの政策提言の中での言及という位置づけだが、規制議論の俎上に量子耐性ブロックチェーンインフラの具体例として挙げられた点は、プロジェクトの技術的信頼性を裏付けている。
3. Naoris Protocolの技術アーキテクチャ — Sub-Zero Layerとポスト量子暗号
Naoris Protocolの技術は、いくつかの革新的な概念で構成されている。本章で解説する5つの要素は以下の通り。
L0の下に位置する共通セキュリティ基盤。既存インフラを統合する設計。
ML-DSA (CRYSTALS-Dilithium) FIPS 204 Level 5を採用。
デバイスのセキュリティ整合性をミリ秒単位で相互検証する独自コンセンサス。
軽量AIの群知能で脅威検知。中央集権AIの単一障害点を回避。
PQ鍵採用後はECDSA署名が自動ブロック。中途半端な状態を許さない哲学。
Sub-Zero Layer — 全レイヤーの「下」に位置するセキュリティ基盤
ブロックチェーンの世界では、Layer 0(データ伝送)、Layer 1(合意形成)、Layer 2(スケーリング)という階層構造が広く知られている。Naoris Protocolはこれらのさらに下、いわば「Sub-Zero Layer」に位置する。
これは単なるマーケティング用語ではない。Naorisは、既存のL0〜L3チェーンやWeb2インフラ(DEX、ブリッジ、バリデータ、企業クラウド、IoTネットワーク)の下位レイヤーとしてセキュリティを提供する設計になっている。つまり、既存のブロックチェーンがハードフォークなしに、Naorisのセキュリティ層を「下から」統合できる可能性がある。
この発想は、ブロックチェーンセキュリティのパラダイムを変えうるものだ。従来、セキュリティは各チェーンが個別に実装するものだった。Naorisは「セキュリティをインフラとして共有する」というアプローチを提示している。
NIST承認のポスト量子暗号
Naoris Protocolは、米国立標準技術研究所(NIST)が正式に承認した暗号アルゴリズムML-DSA(CRYSTALS-Dilithium)を採用している。これはFIPS 204 Security Level 5——NISTが定める最高セキュリティレベルだ。
ここで重要なのは、多くのプロジェクトが「ポスト量子暗号」を謳いながら実験的なアルゴリズムを使っている中、NaorisがNISTによってファイナライズされた標準規格を採用している点だ。同社のChief Growth OfficerであるNathaniel Szerezla氏は、「多くのプロジェクトが"Dilithium"と"ML-DSA"を互換的に使っているが、これらは厳密には異なるもの」と指摘しており、標準準拠への厳密さが窺える。
dPoSec — 分散型セキュリティ証明
Naoris独自のコンセンサスメカニズム「dPoSec(Decentralized Proof of Security)」は、従来のPoWやPoSとは根本的に異なるアプローチを取る。
PoW(Proof of Work)が計算能力を、PoS(Proof of Stake)が資産保有を証明するのに対し、dPoSecはデバイスのセキュリティ整合性を証明する。ネットワーク参加者(ノード)は、互いのセキュリティ状態をミリ秒単位でリアルタイムに検証し合う。つまり、すべてのデバイスが「バリデータ」であると同時に「セキュリティ監査者」でもある。
これは、ブロックチェーンのコンセンサスメカニズムに「サイバーセキュリティの観点」を直接組み込んだ世界初の試みと言える。
Swarm AI — 群知能による脅威検知
静的なルールベースのセキュリティではなく、Swarm AI(群知能AI)が脅威検知を担う。単一の大規模AIモデルではなく、軽量なAIの「群れ」がメッシュネットワーク上でリアルタイムに脅威を検知・対応・進化する。
この設計には合理性がある。中央集権的なAIモデルは単一障害点になりうるが、分散した群知能は一部のノードが侵害されても全体の検知能力を維持できる。
不可逆セキュリティ移行
Naoris Protocolには「不可逆セキュリティ移行」という独特の仕組みがある。アカウントがポスト量子鍵を採用すると、それ以降は従来のECDSA署名によるトランザクションが自動的にブロックされる。
一見すると制約のように見えるが、これはセキュリティ的に極めて重要だ。「量子安全な鍵を持っているのに古い鍵でも署名できる」状態は、攻撃者が古い鍵を狙うインセンティブを残してしまう。Naorisはこの中途半端な状態を許さない。移行したら戻れない——それが真のセキュリティだという設計哲学だ。
4. テストネット実績とメインネットローンチ
数字で見る実績
Naoris Protocolのテストネットフェーズでは、以下の実績が報告されている(同社発表):
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 処理トランザクション数 | 1億600万件以上 |
| ブロックしたセキュリティ脅威 | 6億300万件 |
| 作成ウォレット数 | 330万以上 |
| セキュリティノード起動数 | 100万以上(グローバル) |
特に注目すべきは、1億件超のトランザクションがすべてポスト量子暗号で処理されている点だ。これは「将来対応する」ではなく「すでに動いている」ことを示す。
メインネットの現状
2026年4月1日にメインネットが正式ローンチされた。現在は招待制のバリデータ運用フェーズで、戦略パートナーと投資家が初期ノードを運営している。一般公開は段階的に拡大される予定だ。
ネイティブトークン「$NAORIS」の時価総額は約2,200万ドル、価格は約$0.037(2026年9月24日時点、CoinGecko。同サイトでは「NaoX Protocol」と表記)で、2026年5月4日の最高値(約$0.165)から下がっている。公式サイトは2026年9月時点で、政府・規制業種・重要インフラ向けの「ポスト量子の分散型トラスト・コンプライアンス層」として企業向けの打ち出しを強めている(Naoris 公式)。まだ初期段階のプロジェクトであり、今後のエコシステム拡大が鍵を握る。
5. 競合比較と業界ポジション
Bitcoin・Ethereumの耐量子対応
Bitcoin Coreの開発者コミュニティでは耐量子暗号への移行が議論されているが、具体的な実装タイムラインは決まっていない。Ethereum財団も研究を進めているものの、実装にはプロトコルレベルの大規模変更が必要で、数年単位の時間がかかる見通しだ。
他の耐量子プロジェクト
耐量子署名を採用したブロックチェーンとしては QRL(Quantum Resistant Ledger)などがある。なお OQS(Open Quantum Safe)は耐量子暗号の実装を集めたオープンソースの暗号ライブラリで、ブロックチェーンではない。その中で、Naorisの差別化ポイントは明確だ:
実験的アルゴリズムではなく、正式承認された標準(ML-DSA / CRYSTALS-Dilithium FIPS 204)を使用。
独自チェーンで閉じるのではなく、既存インフラのセキュリティ層として機能。
暗号通貨プラットフォームではなく、デジタルインフラのセキュリティ基盤として設計。
Web2との架橋
Naorisが他のブロックチェーンプロジェクトと一線を画す点の一つが、Web2インフラとの統合を明示的に視野に入れていることだ。企業のクラウドシステムやIoTネットワークのセキュリティレイヤーとしても機能する設計は、ブロックチェーンの応用範囲を「金融」から「インフラ全般」へ広げる野心を示している。
6. 日本市場への示唆
量子コンピューティング研究大国としての日本
日本は理化学研究所の超伝導量子コンピュータ研究や、富岳後継機の量子シミュレーション技術など、量子コンピューティング研究で世界をリードする国の一つだ。量子技術の恩恵を受ける国であると同時に、Q-Dayの脅威に最も敏感であるべき国でもある。
暗号資産の制度整備
2026年7月には暗号資産を金融商品取引法の対象へ移す改正法が成立・公布され、公布から1年以内に施行される(暗号資産の金商法改正への対応)。税制では、令和8年度税制改正大綱で「特定暗号資産」の取引に20%の申告分離課税を導入する方針が示され、施行は2028年が見込まれている(大和総研)。制度整備が進む中で、暗号資産を扱う事業者の鍵管理・署名方式のセキュリティにも目が向きやすくなる。
日本企業への実務的インパクト
ブロックチェーンを活用する日本企業にとって、Naoris Protocolの存在は3つの意味を持つ:
自社のブロックチェーンインフラについて、ポスト量子暗号への移行タイムラインを検討する契機。Googleが自社の移行目標を2029年に置いたことも参考に、早めに対応計画を立てておきたい。鍵管理・署名方式の切り替えはHSM・MPCを使った署名鍵の本番運用やEOAからスマートアカウントへの移行も参照。
既存システムを一から作り直すのではなく、セキュリティレイヤーとして統合する選択肢。コンソーシアムチェーンや業務系プライベートチェーンでの先行検証に向く。
自社が管理するアドレスのうち、公開鍵がすでにチェーン上に出ているもの(再利用アドレス、長期保管用アドレスなど)を棚卸しし、アドレスの使い回しをやめ、現行ECDSA署名に依存した設計の再検討が必要。
特に金融機関や政府系プロジェクトでブロックチェーンを活用するケースでは、長期にわたる完全性の保証が要件となるため、ポスト量子暗号への対応は早期に経営アジェンダに上げるべきテーマだ。
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まとめ — 量子時代への備えは「今」始まる
Naoris Protocolのメインネットローンチは、ブロックチェーン業界にとって重要なマイルストーンだ。ポスト量子暗号を「研究課題」から「稼働するインフラ」へと押し上げた意義は大きい。
もちろん、Naoris自体はまだ初期段階のプロジェクトであり、招待制バリデータフェーズを超えたエコシステムの成長、トークンエコノミクスの成熟、そして何より「Sub-Zero Layer」としての既存チェーンとの実際の統合実績が問われる。技術的なビジョンは壮大だが、それが実運用で証明されるかはこれからだ。
しかし、Q-Dayの脅威は待ってはくれない。Googleの研究が示すように、暗号を破るのに必要な資源の見積もりは下がり続けている。「まだ先の話」と思っている間にも、公開鍵がさらされたアドレスはチェーン上に残り続ける。
ブロックチェーン業界全体が、ポスト量子暗号への移行を真剣に議論すべき時が来ている。Naoris Protocolは、その議論の出発点として——そして一つの解答として——私たちの前に現れた。
FAQ
Q1. 量子コンピュータでビットコインはいつ破られるのですか?
A. 時期は断定できません。Google Quantum AI の2026年3月の論文は、必要な物理量子ビットを50万未満と見積もり、従来の見積もりを約20分の1に下げましたが、そうした量子コンピュータはまだ存在しません。論文は PQC への移行を遅滞なく始めるよう促しています。
Q2. どの資産が特に危ないのですか?
A. 公開鍵がチェーン上にさらされているアドレスです。同じアドレスの再利用や、長く動いていないウォレットなどが該当し、論文ではこれを「at-rest」攻撃の対象としています。アドレスを使い回さないことが、PQC 移行前にできる対策の一つです。
Q3. Naoris Protocol が採用する ML-DSA とは何ですか?
A. NIST が2024年に標準化した耐量子署名方式で、規格は FIPS 204 です。CRYSTALS-Dilithium をもとにしています。
参考資料
- Google Quantum AI ほか「Securing Elliptic Curve Cryptocurrencies against Quantum Vulnerabilities」: quantumai.google(PDF)
- NIST FIPS 204(ML-DSA): csrc.nist.gov
- Naoris 公式: naorisquantumprotocol.com
- 暗号資産の20%申告分離課税: 大和総研(2026年2月6日)